10年以上前から外部の研究機関から講師を招いて講座を開く「横高アカデミア」を立ち上げ、平成28年のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定と機を同じくして探究学習にも本格的に取り組んでいる神奈川県立横須賀高等学校(以下、横須賀高校)。
今回は横須賀高校校長・海浦先生、同校教諭の柴田先生、相澤先生にインタビューを行い、探究学習への取り組みを、苦労をどう乗り越えたかなども含めてお話ししていただきました(インタビュアーは弊社・今井寿亮)。
*当メディアでは先日、同校卒業生で、アニサキスの探究成果で慶應義塾大学へAO進学された松下さんを取材し、横須賀高校での探究活動について詳しく伺いました。なお相澤先生は松下さんの元担任の先生です。
海浦洋子校長プロフィール
2019年度より校長/元々は国語の教員/横須賀高校の卒業生であり、また教諭・総括教諭・定時制教頭・校長と長きにわたり横須賀高校の教育に携わってきた。
柴田治郎先生プロフィール
SSH推進委員会リーダー 数学科/硬式野球部部長/総括教諭
相澤先生プロフィール
SSH推進委員会/進路グループ 理科/硬式野球部/ソフトボール部
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生徒へのキャッチセールスで広げていった探究
今井 「総合的な探究の時間」は来年度から高校で必修となりますが、横須賀高校では探究が注目される前から取り組みをされていたのでしょうか?
海浦 探究の取り組みが本格的に始まったのは、SSH1期の平成28年です。でも、その前の平成22年に「横高アカデミア」を当時の校長のもとで立ち上げました。「横高アカデミア」では、総合研究大学院大学と連携して、大学の先生方に講師として様々な専門分野の講座を開いてもらいました。専門的で高度な講座を噛み砕かずに、難しいまま生徒たちにぶつけ、わからないということを体感させます。高校に入るまでは、わかって当たり前、あるいは、わかるまで勉強する、ということをしてきた生徒が多いと思います。そうした生徒たちに、「わからないということを体験させる」のが当時の校長の意図でした。
この活動を基礎としてSSHに手を上げ、その後の段階で地域の研究機関と連携していきました。以上が第一歩になりますね。
今井 探究の取り組みは数年にわたって行われているんですね。取り組みを始めた当初から、生徒や保護者の方の理解はスムーズに得られたのでしょうか?
海浦 最初は全員ではなく興味がある生徒に参加してもらうということだったのですが、集まりませんでした。 横須賀高校は部活動も盛んなので、放課後に講座を設けても「部活動があるので…」という生徒が大半でした。私は当時教員として在籍していたのですが、廊下でずいぶんキャッチセールスをしました。結構強引に、「まあまあ、聞いていってよ、とりあえず」と(笑)。最初は部活動とのせめぎ合いでした。
SSHになってからは、進学指導なのか探究活動なのか、両方が両輪となって回っていくというよりは選択という感じでした。 進学を目指すのか、探究活動に行くのか、「どっちなんですか」という声はありましたし、今もひょっとするとあるかもしれません。 今は世の中全体として、探究活動も使って自分の進路を広げていくという声が聞こえてくるようになりました。 しかし、本音の部分では「進学指導なのか探究活動なのか」という課題はどこの進学校も抱えているのではないかと思います。
今井 なるほど。生徒にキャッチセールスをされていたというお話がありましたが、生徒に興味を持たせる上で不安だったことはございますか?
海浦 当時は探究学習が形として定着していなかったので、放課後や土日にある特別な機会に生徒たちの関心を引くことが最初のハードルでした。
今井 そうなんですね。どのように働きかけて生徒の関心を惹いてったのでしょうか?
海浦 講師の先生方がどのような事に特化しているかを、事前に伝えるようにしました。全員に聞かせる講座となると、全員に通用する大きなテーマ設定になってしまいます。 でも、「自分がやってるのはこういうことでね、こういうところが面白くてさ」と夢中になってお話いただく部分が前面に出てきて、それが前もって生徒に行き渡ると、「これ面白いかも」とだんだん生徒が食いついてくるようになりました。そういうところに魅力を感じる生徒達が、徐々に核となって広がっていったかなと、当時を振り返って思います。
探究と向き合い続けて感じた課題
今井 実際に探究学習を行われる中で難しいところや、反対にうまくいっているところを現場の先生の視点でお聞きしたいです。
コーチングの重要性
柴田 探究活動を行ってきて、難しいところが9で、うまくいっているところが1くらいなのかなと思っています。
課題の絞り込みについては、スムーズにできているのではないかと思います。本校の売りは、1年次に三浦横須賀半島に研究所を持つ企業や大学に全生徒を配属させることです。もちろん校内に教員の担当者はいるのですが、外部で民間の研究機関の方と一緒に探究していきます。現場で最先端の研究を行う方々と接する中で、色々な驚きや感動を共有し、そこから課題を見つけるんです。
今井 それは生徒にとって大きな学びに繋がりますね。では、9割を占める難しいところはどのような部分にあるのでしょうか?
柴田 教員に対する研修をもっとやらなければいけないという気はしています。赴任された先生方は、探究はハードルが高いとおっしゃることも多いです。そこで、リサーチサポートブックというものを活用しています。 ブックにはプログラムの流れや研究倫理など、色々なことを書いています。これは6年前から作成していて、毎年改良を重ねています。主に作成していた者は昨年転勤になってしまったのですが、今も想いを継いでやっています。
今井 すごいですね。属人化されずに、形として汎用的に残されているのが素晴らしいと思いました。そういうものがあると、現場の先生としてもやりやすいのではないでしょうか。
柴田 そうですね。ただ、先生たちがハードルだと感じているのは、自分の専門外の分野を探究する子どもに、どれくらいサポートができるかというところだと思います。だから、教科を教えるティーチングではなく、コーチングを取り入れたいと思っています。自分が専門ではなくても生徒を良い方向に導くことができると伝えるために、コーチングの研修会をやっていきたいとは思ってはいるんですが、なかなか…。
今井 限られた時間の中で研修をするのは難しいですよね。柴田先生は探究を推進される立場だからこそ研修やコーチングが必要だと感じられていると思うのですが、そういった問題意識は現場で探究学習を指導されている先生方も持たれているのですか?
柴田 具体的にはあまり聞いたことはないですかね。むしろ、自分の課題が何なのかがまだわかってない先生が多いような気がします。それでも毎週授業は来ますから、自転車操業になっているという感じです。それは課題ですね。
外部機関の生の声を聞き、連携を円滑に
今井 ありがとうございます。先ほど、外部の研究機関とやり取りをされると伺いましたが、外部との調整にも難しさはございませんか?
柴田 6年前にSSHになりましたが、初めの1~2年は本当にお叱りの言葉が多かったですね。「全て丸投げじゃないか」「学校は一体何をしているんだ」とか。課題研究についても、高校生にどれだけのレベルを求めて良いのか、外部の方もわかっていない状況の中で生徒から質問が来ます。ポスターや論文なども、「どうやって作ればいいんだ」とすごくお叱りを受けました。そこで我々は、定期的に会合を開いて研究機関への概要説明会を行いました。また、校内にSSH推進委員会という教員のグループがあるのですが、その職員を各研究機関に派遣し、うまくいっていないことや、学校に直してほしいことについて、生の声を聞く努力をしてきました。これらがあって、今のシステムがうまく回るようになってきたのかなと思っています。
相澤 研究機関の方は生徒にも教員にも寄り添って進めていただけるので、僕が現在担当させていただいているところはうまくいっています。研究機関の方は、高校生が学校の中で探究活動をやっていくことが難しいということをしっかり理解していただいていて、それが何よりなのかなと思っています。あとは教員が、がむしゃらにやってくしかないのかなと。そういう想いは少なからず受け取ってもらえるのかなと思います。
近くにいる大人がペースをしっかりと見る
今井 ありがとうございます。また、以前取材した松下くんもおっしゃっていたのですが、普段の学習や部活動にも一生懸命取り組むと、探究の時間がなかなか取れないことがあると思います。先生方も、時間は課題として見ている部分なのではないでしょうか。
松下竜大さん・・・横須賀高校出身。在学中のアニサキスに関する探究で、水産学会他で賞を受賞。AO入試で慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)へ入学。
相澤 そうですね。部活動を一生懸命やる子が本当に多い学校なので、時間は課題の一つです。また、探究を進路につなげていきたい気持ちはありつつ、かといって学力がなくても大丈夫かといったらそんなことは全くないので。むしろ探究をしていく中で、学力がベースについてこないとその先が見えてこないということは、我々もよくわかっています。何かを削って何かをやれということにはなりません。
松下の場合は剣道部にも入っていて、剣道部でも成果を残すような子だったんです。担任の目から見ていても、忙しさが人並みではありませんでした。「無理すんなよ」って声をたまにかけつつも、彼を見ていると、活動を緩やかにするよりは「行け行け」とやった方が成果も出してくれるし、そこは難しいですよね。「行け行け」では持たない子もいますし、近くにいる教員が苦しいところに気づいてあげないといけません。何かをすれば必ず体力面や時間面は削られていくわけなので、それは絶対に念頭に置かなければいけないと感じています。近くにいる大人がしっかりとコミュニケーションをとれることが必須になってくると思います。
教えずに、問いかける
今井 生徒とのコミュニケーションが重要だというお話が出ましたが、皆さんが探究学習の現場に立たれる中で、生徒との向き合い方はどのように確立されていきましたか。
相澤 一生懸命教えようとしている先生を見て「あれ?」と思ったのをきっかけに、「教えなくて良いんだ」と思うようになりました。先生の言うことが正解かどうかわからないので、教えようとする様子を見ていた時に「いや、探究はこうじゃないな」と感じました。 だから、生徒がわからないと言った時に、こうだよと教えるのではなく問いかけることが大切だと思っています。「僕もわからないんだけどさ、なんでこうなってるの」と言うと、「その考え方はしていなかったです」などと切り口が見え、それが探究活動の指導につながっていると思います。
今井 以前取材させていただいた松下くんも、先生が一緒に考えてくれたり、背中を押してくれたりしたのがすごく嬉しかったと話していました。松下くんのように難しいテーマを選んでいる生徒に対して、ご指導する際に大切にしていたことはございますか?
相澤 やはりこちらからどんどん問いかけるスタンスで接しました。知識の面で言えば僕は専門ではないので、入学した時から知識は彼の方がありました。だから、彼に説明してもらいながら、「これはどういうことなの」などと僕が問いかけていくようなスタイルでした。 その中で、彼が僕に教えられないところには穴があるので、「なんでこうなってるの」と聞いていくと、彼自身がもっとこうしないといけないんだと気づくきっかけになったのだと思います。彼のために何かをしてあげようと思ったわけではなく、彼に対して問いかけるだけなので、単純な関係だったかなと思います。
「変人」は「尖った才能」!
今井 松下くんは良い先生に恵まれていたんだなと思いました。松下くんは、高校に入ってから先生や生徒で自分の話に興味を持ってくれる子が増えて、友達ができたと話してくれました。中学校では共感されにくい個性を持つ子が、高校での探究活動を通じて周りとつながっていく様子は先生方も感じられますか?
相澤 僕も松下の話を聞いたことがあって、中学生の頃は変人扱いされていたそうです。中学校は好きなことをやりやすい環境ではなくて、メインは高校に入るための勉強となってしまうので、それとは違うことをしている感覚が本人にもあったと思います。でも、学校に好きなことをやる人が増えてくれば、たとえ分野が違っても、「変人」同士のような感覚でお互いの考えを共有できます。
「変人」というのは悪い意味の言葉ではなくて、「尖った才能」と置き換えられると思います。尖った者同士が刺激し合う環境を引き続き整えるためにも、飛び抜けた才能を発揮できそうな子たちが、後ろを見ることなく突き進めるベース作りをやっていきたいです。松下の保護者の方にも、学校としてそのような環境を作っていることに感謝の言葉をいただきました。同じようにすごい子が周りにいるから、松下も「自分は決して特別じゃない、まだまだもっと特別になっていかなきゃいけないんだ」という感覚を持ってくれたのかなと思いますね。
今井 ありがとうございます。探究学習を定着させる段階のお話から生徒との向き合い方まで、大変勉強になりました!リアルなお話ばかりで、多くの先生方が知りたい内容が盛り沢山となったのではないでしょうか。
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【この記事の監修者】
田中 悠樹|株式会社Study Valley代表
東京大学大学院卒業後、ゴールドマンサックス証券→リクルートホールディングスに入社。同社にて様々な企業への投資を経験する中で、日本の未来を変えるためには子どもたちへの教育の拡充が重要であると考え、2020年に株式会社Study Valleyを創業。
2020年、経済産業省主催の教育プラットフォームSTEAM ライブラリーの技術開発を担当。
2024年、経済産業省が主催する「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」に委員として参加している。