2022年度から全面実施となった新学習指導要領下で、高等学校において「総合的な探究の時間」が必修となりました。生徒自らが問題を発見、課題解決的な学習を行うことで、これからの時代に必要な能力・資質を育むことが期待されています。
課題発見、情報収集、分析、まとめ・表現のプロセスを通じ、物事に探究的に取り組むスキルは、大学においても、非常に重視されています。
しかし、大学入試において、それらを適切に評価できないことにより、入学後のミスマッチが起こり、それに起因して、大学教育全体の質の低下などの諸問題が引き起こされています。大学全入時代と言われて久しく、少子化が益々進行する中、大学間の競争も激化しています。
そこで、大学がビジョンに沿った優秀な人材を確保するために、「大学の探究力評価」が注目されています。
この記事では、「探究力評価への挑戦 主に大学入試における事例(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 文部科学省)」を元に、入試や入学後の専攻課程における「大学の探究力評価」へ取り組みをまとめます。
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大学が抱える諸課題
なぜ、大学の探究力評価が必要なのか。その背景としての大学が抱える課題について整理します。
大学教育の質の低下
もっとも大きな課題として「大学教育の質の低下」があります。世界の大学ランキングとして有名な「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(Times Higher Education、通称:THE)」の2022年版では、TOP200位以内に入ったのは東京大学(35位)、 京都大学(61位)の2校のみ。東京大学は過去最高位となりましたが、順位では、アジア圏の中国やシンガポールの大学がより上位にランクインし、大学数でも日本は少数派となっています。大学教育の質の低下は、国内の大学間の競争だけの問題ではなく、中長期的に日本の競争力へと影響するとの危惧があります。
大学教育の質の低下を引き起こす原因について、入試のおける課題を2つ紹介します。
志願者の減少
大学進学率の継続的な上昇により、これまで大学生数と大学数は増加傾向にありました。一方で、少子化の進行もあり、今後は志願者が減少していく予想の元、「大学として、少子化の中での学生確保が大きな課題(桜美林大学)」とし、探究力評価に取り組む大学もあります。
18歳人口は1990年の200万人から、2010年は120万人まで落ち込み、2022年の出生数は80万人割れの見込みであり、遅かれ早かれ、志願者が減少に転じるのは間違いないでしょう。
参考記事
「Ⅳ.18歳人口の減少を踏まえた高等教育機関の規模や地域配置 関係資料」(文部科学省,2022年12月20日)
「2022年の出生数 80万人割れの見通し 過去最少」(毎日新聞,2022年12月20日)
ミスマッチ
学生と大学の間に起こるミスマッチの原因はいくつかあります。例えば、大学の求める学生像を伝えきれていない、その見極めができない、特に入学意欲の低いボーダー層(志望度を下げて受験する学生など)のフィルタリングが難しい、などです。
これまでの一問一答式の入試や共通テストでは、学生の多角的な評価が困難で、学生の多様性確保という面でも課題があります。
探究力評価への取り組み4つのステップ
2022
これらの課題を克服し、少子化にあっても大学が求める優秀な学生を獲得し続けるため、期待されるのが「探究力評価」です。実際にどのように導入に取り組まれているのか、代表的な4つのステップに沿って解説します。
探究力評価への取り組み4つのステップ
1.課題を明確にする
2.「探究力」の定義
3.評価観点・選抜方法を決定
4.探究力評価導入の効果・成果の検証
1.課題を明確にする
背景としての大学の諸課題の一例を紹介しましたが、個々の大学において探究力評価を導入により解決したい課題は異なります。それによって、評価すべき「探究力」の具体的内容、評価方法、「探究力評価導入」の効果検証の仕方などが変わってきます。個々の課題には以下のようなものがあります。
課題の例
・多様な人材の確保(九州工業大学など)
・入学後のミスマッチの解消(佐賀大学など)
・新たな力を持つ人材育成(島根大学など)
・学生を育て、入試に繋げる必要性(桜美林大学など)
2.「探究力」の定義
評価したい探究力とは何かを、学習指導要領に基づく探究力、また、大学で求める学生像やコンピテンシーを元に探究力を具体的に定義します。
「探究力」の例
・学習指導要領に準じた探究力(桜美林大学)
・自ら課題を発見し解決できる人材(大阪大学)
・6つのグローバルスタンダード(金沢大学)
・エンジニアとしての言語化能力(九州工業大学)
・科学的思考の基本プロセス(北海道科学大学)
高大接続を踏まえ、学習指導要領に沿った入試とすることで高校の教育現場との親和性を高める方向性をとった桜美林大学や、単科大学として、求めるコンピテンシーを絞り込み、「エンジニアとしての言語化能力」とした九州工業大学などがあります。
3.評価観点・選抜方法を決定
▲ルーブリック評価の例。
引用:「課題レポートの評価」(金沢大学 KUGS 高大接続プログラム)
探究力評価のための具体的な評価観点・選抜方法を決定します。
実績重視かポテンシャル重視か、これまでの研究成果、試験当日の面接や小論文、またはその組み合わせ方、得点配分など、大学により様々な特色があります。以下に、一例を紹介します。
大学・入試名 | 評価観点 | 選抜方法 |
大阪大学 総合型選抜 研究奨励型 | 研究(探究)の実績・実力を評価 | 第1次選考:書類選考 第2次選考:口頭試問(研究成果のプレゼンテーションを含む) |
お茶の水女子大学 新フンボルト入試(文系) | 課題発見能力・ポテンシャルを評価 | 第一次選考 • 文系:プレゼミナールを受講し、レポートを作成・提出第二次選考|文系 図書館入試 • 1日目:附属図書館の図書などを自由に参照して、課題についてレポート作成 • 2日目:グループ討論、面接 |
金沢大学 KUGS特別入試 | 金沢大学〈グローバル〉スタンダードに基づくルーブリック評価 | KUGS高大接続プ ログ ラ ムで作成するレポートを KUGS評価基準:ルーブリックに基づき、複数の高大接続コア・センター専任教員が評価 |
九州工業大学 総合型選抜Ⅰ | 聞いた内容を自ら書き出す力、応用力等を問う。 高校/在校/卒業生も検証に参加 | 第1段階選抜 300点 講義レポート、課題解決型記述入試第2段階選抜 800点 学びの計画書、適性検査、グループワーク、個人面接 |
立命館アジア太平洋大学 世界を変える人材育成入試 | 問い・仮説の質を評価 | 第1次選考でロジカル・フラワー・チャートを作成、 第2次選考で探究的な物の見方や考え方を口頭試問を含む面接 で評価 |
選抜方法のバリエーション
・共通テスト
・書類審査
・面接・口頭試問
・自主研究(探究)のポスター発表やプレゼンテーション
・小論文・レポート
・グループ討論
お茶の水女子大学では、文系志望者には二次選考で2日にわたって「図書館入試」を実施。理系は「実験室入試」と称して、学部学科ごとに異なる選抜方法を実施し、よりきめ細かい適性の見極めを行っています。
佐賀大学では、志願者に対し、共通テストと独自学力試験に加え、部活動や探究活動といった取り組みとその成果を申請することにより、加点が得られる「特色加点」制度を導入。申請率は62.5 %、さらに申請者は入学手続き率が、そうでない物と比べ約10%高い90%以上を記録しました。
金沢大学では、KUGS高大接続プログラム、もしくは国立研究開発法人科学技術振興機構のグローバルサイエンスキャンパス (GSC)の第一段階を修了した者を受験資格者とし、その受講期間に作成したレポートを、専任教員がルーブリックに基づいて評価する方法をとっています。評価にあたってはすり合わせの勉強会も実施されています。
4.探究力評価導入の効果・成果の検証
引用:「『へるん入試』概要」
探究力評価の実施校では、さまざまな効果・成果が表れています。
高い主体性やGPAを持つ学生の入学、多様な学生の獲得、90%以上という高い入学手続き率など、入学した学生の質や競争力アップだけではなく、高校や地域、大学教員からの高い評価や期待、入試過程での学生同士の連帯感の構築など、探究力評価の幅広い効果・成果が出ています。
一方で、「多様な学生の獲得」のように、まだ定量的に計測出来ておらず、教員の主観的評価にとどまっている指標もあり、今後の探究力評価の継続と、結果の積み重ねによる、効果のさらなる「見える化」が望まれます。
大学・入試名 | 効果・成果 |
大阪大学 総合型選抜 研究奨励型 | 高い主体性、GPAを示す 教員からの高評価 |
お茶の水女子大学 新フンボルト入試(文系) | 約98%の学生が評価 多様な学生が入学 学生同士の連帯感の構築 |
島根大学 へるん入試 | 大学への高い満足度 入学後も主体性を発揮 地域からの強い期待 |
佐賀大学 特色加点制度 | 申請者の入学手続き率 90 %以上 |
立命館アジア太平洋大学 世界を変える人材育成入試 | 入学後必要なスタディスキルの理解に寄与 全国20以上の高校から視察 |
島根大学では、島根にゆかりのある小泉八雲の愛称から取った「へるん入試」を実施。地域志向入試、専門高校入試、グローバル英語入試、芸術・スポーツ技能入試などを設けています。前身となった「地域貢献人材育成入試」の入学者は、地元企業でのインターンやボランティア活動への参画において評価が高く、地域からの強い期待を受けています。
高校生へのアプローチ
引用:「ディスカバ!」
入試だけでなく、高校生へのアプローチを行っている大学もあります。桜美林大学の「ディスカバ!」がその例です。
少子化への危機感から、学生を育てて入学につなげる必要性を感じ、プログラムを構築。高校生に探究的な機会を与える教育プログラム「ディスカバ!」を2017年より開始し、規模を拡大。実際に探究入試の実施にまでこぎつけました。
2020年度は70プログラム、約2,700人が参加。2021年度は約9,000人が参加し一万人に迫る勢い。そのうち約20%が桜美林大学を実際に受験しており、学生を育て、入試に繋げています。
まとめ
大学における探究力評価について、背景となる大学の諸課題、探究力評価への取り組みとしてその4つのステップ、最後に高校生へのアプローチを紹介しました。
優秀な学生の確保、教育・研究の質の担保など大学の課題は多くありますが、「探究力評価」は学生の獲得、高大接続、地域連携等も含めて大学の課題を解決する糸口となる可能性を秘めています。この記事で紹介した優良事例の横展開、更なる事例の積み重ねによるアップデートが期待されます。
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現在、探究に関する無料相談会を開催中です。探究へのICT活用や外部連携にご興味ある方、お気軽にご連絡下さい。ご予約はこちら(2024年3月現在、問い合わせが急増しております。ご希望の方はお早めにご連絡ください)。
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【この記事の監修者】
田中 悠樹|株式会社Study Valley代表
東京大学大学院卒業後、ゴールドマンサックス証券→リクルートホールディングスに入社。同社にて様々な企業への投資を経験する中で、日本の未来を変えるためには子どもたちへの教育の拡充が重要であると考え、2020年に株式会社Study Valleyを創業。
2020年、経済産業省主催の教育プラットフォームSTEAM ライブラリーの技術開発を担当。
2024年、経済産業省が主催する「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」に委員として参加している。