「都市に眠る鉱山」とは?
身の回りにあるPCやスマートフォンといった電子機器内や自動車などの中には、貴金属をはじめとする資源が部品や素材として入っています。私たちが住む都市には実はたくさんの資源がある-このことを〝都市にある鉱山″に例えて「都市鉱山」と呼びます。2021年に行なわれた東京オリンピック、パラリンピックで選手たちに授与されたメダルが、この「都市鉱山」から回収された金属で作られたことで、にわかに注目を集めました。
純金積立やジュエリー・工芸品などで知られる、貴金属のリーディングカンパニー・田中貴金属グループ(以下、田中貴金属)が、この「都市鉱山」をテーマにした探究型教材を開発・リリースしました。
2022年4月、全国の高校で始まった探究学習。現代に必要な力を育む教育として注目されています。これまでも貴金属を使った工芸体験ワークショップや、学校への出張授業を積極的に行い教育に関わってきた田中貴金属が、今回、いち早く探究学習に取り組んだ背景は。
「私たちの夢は大きく、この教材をきっかけに、貴金属で未来を変える技術革新を起こす、科学者や技術者が生まれてほしいと思っています」と語るのは広報の須田久美さん。詳しくお話を伺う中で、「もっと貴金属を知ってほしい」という事業への真摯な想いと、「これからの社会で羽ばたける人材を育てたい」という教育への情熱が見えてきました。
教材説明
貴金属をテーマに探究的に学ぶ教材。2つカテゴリ「実は身近な貴金属を知ろう・学ぼう!」「貴重な資源である貴金属」がある。学習者はICTツールを用いて貴金属について学び、「どうすれば、若者に対して、日本の都市鉱山を、手軽に資源循環できる機会を作ることができるだろうか」など答えのない課題にも取り組む。
田中貴金属グループ
田中貴金属グループは1885年(明治18年)の創業以来、貴金属を中心とした事業領域で幅広い活動を展開しています。国内ではトップクラスの貴金属取扱量を誇り、貴金属に携わる専門家集団として長年に渡って、産業用貴金属製品の製造・販売ならびに、宝飾品や資産としての貴金属商品を提供しています。
須田久美様 プロフィール
TANAKAホールディングス株式会社 サステナビリティ・広報本部 広報・広告部 チーフマネージャー
留学時、日本のものづくりが海外で高く評価されていることに感銘を受けたことがきっかけで、ものづくりを支える貴金属に興味を持ち、田中貴金属グループに入社。好きな貴金属は「プラチナ」。
田中貴金属と教育現場との関わり「触れて感じる“体験”を大切に」
▲お話を伺った、広報の須田久美さん。千代田区のTANAKAホールディングス株式会社本社にて
田中貴金属は創業1885年の老舗企業です。一般的には純金積立やジュエリー・工芸品などが有名ですが、産業用貴金属で日本の発展を支えてきた企業でもあります。
明治時代、両替商として創業した田中貴金属は、日本の近代化ともに貴金属の工業利用へ進出。明治以降の日本の工業化、戦後復興と高度経済成長、コンピュータ時代のハイテク製品まで、日本の産業を支えてきました。
そんな「100年企業」の田中貴金属は、「教育」にも力を入れています。
手作りの銀スプーンでアイスを食べると・・・?
▲ワークショップで、世界に一つのオリジナルスプーンを完成させた参加者
須田さん「貴金属のことをもっと知ってほしい。そのためには、ただ情報を聞くだけではなく、実際に『触れる』体験を大切にしています。そうすることで学習が深まるんです」
広報の須田さんは教育活動を行う際、大切にしていることについて、こう話してくれました。ある小学生向けのイベントでは、東京藝術大学の美術学部工芸科の教授を講師に迎え、実際に銀の素材に触れながらの銀のオリジナルスプーン作り、さらに、その銀のスプーンでアイスを食べ、銀の熱伝導率の高さを体感してもらったそうです。
熱伝導率とは・・・熱の伝わりやすさを数値化したもの。銀は一般的な金属より熱伝導率が高く熱が伝わりやすいため、銀のスプーンでアイスを食べると体温が早く伝わり、その熱でアイスが溶け、すくいやすくなる。
金の延べ棒が教室にやってきた
▲金1㎏を同じ重さのお米や水と比較して比重の違いを体験する生徒
やがて田中貴金属の取り組みを知った学校からの出張授業の依頼も来るようになりました。ここでも大切にしているのは「体験」です。時には「地金」という金の延べ棒を触ってもらい、教室から大きな歓声があがったことも。高価な地金を教室へ持ち込むのにはセキュリティ対策など苦労も多いそうですが、それでも体験にこだわる理由とは。
須田さん「貴金属、特に金には独特の温かみがあり、その色味を目で感じて触れることで、みんなの心がぐっと動くんです」
そして、伝えたいことは金の感触だけではありません。
須田さん「貴金属は地球に埋蔵されている量がとても限られた資源です。みんなのスマートフォンやゲーム機、家庭にある自動車の中にも入っているけど、リサイクルしないと、いつかなくなってしまう。それを意識していてほしい、と体験を通じてお伝えしています」
そうメッセージを伝えることで、生徒が家に帰った後も、「自分の使っているスマホには貴金属が入っているんだ」と思い出したり、ご両親の車で外出したとき「あ、そういえば車にも貴金属が使われている、って教わったな」と気づく仕掛けになるのだそう。
須田さん「『SDGsに取り組もう』というと、人によっては堅苦しく感じるかもしれませんが、ペットボトルを自然にリサイクルボックスに捨てているように、貴金属が身近にあることを知り、スマートフォンやゲーム機も、捨てる時はしかるべきところに持っていけばいいんだ、と気軽に思ってもらえればと思います。それだけでサステナブルな社会の一端を担えるんです」
セキュリティなどのハードルがあるにも関わらず、体験にこだわるのは、それだけ貴金属を知ってほしい、そしてリサイクルによって社会を支える貴金属の資源循環を確かなものにしたいという田中貴金属の想いの強さを感じます。
▲コロナ禍になってからはリモート授業を提供したことも
「都市鉱山」をテーマに社会で羽ばたける力を育む
今回、田中貴金属が開発したのは「都市鉱山」をテーマとした探究型教材。その目的は、これまでの体験教室や出張授業のように貴金属について知ってもらうだけではなく、「社会で羽ばたける、答えのない課題に取り組む力」を育むことも意識しているといいます。具体的な内容を伺いました。
社会を支える貴金属とリサイクルの課題を知る
「都市鉱山」の教材では、貴金属の特性や採掘量について、都市鉱山について、リサイクルについて学べるほか、「若い人たちに日本の都市鉱山を知ってもらい、手軽に資源循環できる機会を作ることができるのか」という、答えのない課題を探究する内容になっています。これは田中貴金属が実際に取り組んでいる生きた課題です。貴金属のプロたちが探究している課題に、高校生も同じように挑戦します。
「答えのない課題に取り組む力」を身に着け、社会で羽ばたいてほしい
「答えがない課題(問い)に取り組むこと」は探究学習の特徴の一つです。探究学習は、答えを自ら作るために、情報を収集し、分析し、まとめる一連のプロセスを繰り返します。一見難しいようですが、社会に出て働く人にとっては、毎日当たり前に行っていることとも考えられます。変化の激しい現代社会において、学校教育から「課題に探究的に取り組むこと」を学ぶ必要性が一層重視されています。
須田さん「私自身、学校を卒業して就職してから、『社会は答えのない問題ばかりだぞ』とハッとした経験があります。教育にはいろいろな役割があると思いますが、その中には、社会に出た時に一人の人間として生きていくための考え方や知識、課題への取り組み方を学ぶことも含まれるのではないでしょうか。この教材で私たちと同じ課題を探究することで、将来、社会で羽ばたける力を身に着けるきっかけになれば嬉しいです」
これまで田中貴金属が、体験教室や出張授業で培ってきた「教える」ノウハウに、「探究」要素が加わり、より深く学べる教材が生まれました。
▲探究学習では、答えのない課題(問い)に対し、情報を収集、分析、まとめる一連のプロセスを繰り返す(文部科学省発行:平成30年学習指導要領より)
身近な課題に気づくことで、将来の進学や仕事の選択肢が広がる
この教材で学ぶ生徒さんにとって、答えのない課題に取り組むことだけでも貴重な経験になりそうです。しかし、この教材で伝えたいメッセージはそれだけではないといいます。
それは、都市鉱山を切り口に、社会の様々なものへ関心を向けてほしいということ。それが、単に貴金属を知る、探究的に学ぶことにとどまらず、将来の選択肢を広げることにつながるのだと須田さんは言います。
須田さん「都市鉱山を切り口に、社会の様々なものに目を向けてほしいんです。例えば、リサイクルから回収技術に着目すれば理系の研究職に興味を持つかもしれないし、リサイクルをどう促進するか、ということに目を向ければ、社会学や人間行動学などの課題が見つかるかもしれません。このように視野を広げることで、いろいろな学びや進学の選択肢、将来的にはお仕事にまでつながる可能性があると思うんです」
数学が苦手だから文系、社会が不得意だから理系、など学校の成績を基準に進路選択をしてしまう学生さんもいると思いますが、須田さんのおっしゃるような切り口で社会を見れば、学問と社会のつながりが見え、勉強の違った面白さが見つかりそうです。
世の中を変える技術革新が、この教材から生まれる!?
田中貴金属の須田さんに、これまでの教育活動、探究型教材の特徴や、その目的について伺ってきました。
最後に、今後の展開や、期待することは?という問いに、須田さんからこのような答えをいただきました。
須田さん「貴金属の特性を知った子が、それをきっかけに科学者や研究者になって、今は世の中にない何かを生み出してくれたりしたら面白いですよね」
貴金属は化学的にとても安定しているという特性があります。そのため新しい技術の開発にはまず貴金属で実験や試作が行われます。産業の発展や技術革新に貴金属は欠かせない素材なのです。
須田さん「最近よく聞かれるようになった宇宙開発分野でも、当然、貴金属が様々な部品や素材として使われています。夢物語かもしれませんが、貴金属を知ることで、『ひょっとして、自分が世の中変えちゃうかも』と思って、本当に実現してしまう、そういう子が表れてほしいと思っています」
田中貴金属が創業した明治時代から現代までの130年あまりを俯瞰すると、その間の日本の変化はまさに「夢」のような発展だったと言えるでしょう。それを支えたものの一つが貴金属でした。それを鑑みると、貴金属を学ぶことで、次の100年の発展を生み出す人材が生まれることは、あながち夢物語ではないのかもしれません。
インタビューは、田中貴金属の事業への真摯な想いと、教育への情熱が感じられるものでした。今後、この教材に出会う子供たちが何を学び、そして100年後の未来をどう変えるのか?とても楽しみです。
須田久美さん、ありがとうございました。
本教材は、株式会社Study Valleyが運営する、教育機関向け探究学習支援プラットフォーム「TimeTact」上にて利用が可能です。詳しくはお問い合わせください。