福島県の南部、茨城との県境近くに「矢祭町」という「小さな町」がある。県庁のある福島からは120km近く離れ、人口は約5,500人の文字通り小さな町だが、実は教育に関して全国的に注目を集めるユニークな取り組みを行っている。例えば25年前から町立中学で行っているオーストラリアへの修学旅行や2007年に全国から約46万冊の本の寄贈を受けて開設された「もったいない図書館」が有名だ。
そんな矢祭町が今年からEdtechを使った「防災教育」に乗り出す。福島といえば2011年の東日本大震災が記憶に新しい。2019年には台風19号の影響で農地被害や鉄道が遮断されるなど大きな被害が出た。GIGAスクール構想によって配布されたタブレット端末を使って、身近な「防災」という問題に子供たちが取り組む。先進的かつ、地域に根差した試みといえるだろう。導入を決めた佐川町長に「小さな町」の教育と未来について聞いた。
本日はよろしくお願いいたします。
今年から矢祭町で、弊社が開発したEdTechプラットフォームTimeTactを活用した「防災」をテーマにしたモデル授業をさせていただくことになります。
そこで今回は、町長が日々感じていらっしゃる「矢祭町の教育」や「今後の教育」についてお伺いしたいと考えております。
よろしくお願いします。
現在日本で行われているGIGAスクール構想は、コロナ禍であったからこそ進められたという側面があると感じています。
その一方で、やはり教育というのは、その地域の文化や考え方に基づいて時間をかけることはかけて改革していきたいという想いがありますね。「コロナ禍」のような出来事が起きてからではなく。
そして何より子供や先生など現場の人たちの負担にならないことが第一なのではないかと。
なるほど、確かに取り組まれる方々の負担になってしまうのは良くないですね。町長は行政の立場から、矢祭町の教育現場をどのように捉えていらっしゃいますか?
そうですね、行政にいて感じることは、同じ福島県内でも地域によって教育に対する考えが異なるということです。
県南の矢祭町と県北に位置する県庁は百キロ以上離れています。文化も違いますし、教育に対する考えも異なるところがあって当然だなと思いますね。
だからこそ私は「矢祭町はどうなのか」という地域に寄り添って考えることを心がけています。
矢祭町でできることを考えると、どうしても規模が小さいというマイナスなイメージが出てくるのではないかと思いますが、規模が小さいがゆえにできることって実はちゃんとあるんですよね。そこに焦点を当てて行政を考えています。
大きさではない。小さいがゆえにできる「自信を持って挑戦していける子へ」の取り組みとは
なるほど。確かに「小さいがゆえにできること」って子供の教育の面でも通ずるものがありますよね。
はい。先生方が長い期間かけて子供たちをサポートしていけるような環境を、行政が整えなくてはな、と感じています。
サポートを考える中で、町長は「子ども達に将来こうなって欲しい」、「こんな挑戦をして欲しい」と思われることはありますか?
「次の時代は私が作るんだ!」と自信を持って挑戦していける子になって欲しいなと願っています。
今後、日本全体が人口減少の社会になり、今でもコロナなど、当たり前だった環境を突然ガラッと変えてしまう出来事が起きています。そういったことを前提に、私たちも今後の教育を改めて見直さなくてはならない、と思います。
いまでも、例えばずっとマスクをしないといけないとか、環境の変化が子供たちを日々苦しめてしまっているなと痛感しています。
なるほど。確かに当たり前だった環境が当たり前ではなくなりましたよね。
はい。親、家庭、教師、地域など小さな町だからこそ、全体で子供を育てる社会の構図にしていきたいですね。
おっしゃるとおりだと感じます。
行政というのは、何か起きてからでないと動けないのが現実です。
しかし、そこを改善して教育の行政も先を見て動いていかないといけないと感じています。時間をかけていきたいからこそ、早め早めの行動意識が求められていますね。
子ども達自身が教育格差を自覚し、自立して行ってほしい
「矢祭もったいない図書館」内観
具体的なアイデアなどお持ちなのでしょうか?
例えば文化教育の格差の解消です。
県庁が県北にあるということもあり、県南に位置する矢祭町は、郡山の美術館、博物館に行くのでも1日がかりでしょう。やはり格差があるのが現実です。
この問題について、地元の子供達自身に関心を持ってもらいたいと感じています。
なるほど、教育格差ですか。
ええ、教育の大切さを早い頃から自覚してもらいたいです。そしてそれは本人が自覚しなくては意味がないものです。
教育の大切さに気づくのが早ければ早いほど、「私が次の日本を作っていくんだ」という思いも強く、自立も早くなります。
読書など、「思考する事」をもっと早くから始められるように促すような環境を作らなくてはと思っています。
「インターネット社会」子ども達と行政、それぞれがどう向き合って行くべきか
私たちは、そんな物理的な距離をITやインターネットを使って縮められないかとまさに考えています。
とは言いつつも、やはりインターネットで出来ること・出来ないことあると思っています。そこに関する町長のご意見などございますか?
そうですね、インターネットは手放せないものになり、情報格差をなくせたという点で素晴らしいものだと思っています。
あとは行動。
行動して深く学んでいって、自分のものにしていく、自立していくってとても重要なことですね。
「情報を得てからどう行動するか」これを考えられるようになるには、ある程度の深い学びがやはり必要で、行政がやるべき課題は、そういった深い学びを経験させ、自分から学んでいけるための環境を作ることだと感じています。
自分から学んでくことって結局、社会に対する自信がつく最善の方法なんですよね。これは何歳になっても必要なことで、一生学び続ける習慣を子ども達にはつけてもらいたいです。
中学生の修学旅行先はオーストラリア
外と関わる取り組みを続けることが、子供達の郷土愛を育むカギ
矢祭町がそういった考えのもと行われている行事などはあったりしますか?
中学校で約25年間続いているオーストラリア修学旅行があります。これも今はコロナのため中止しているのですが、早く再開したいですね。
オーストラリアですか!海外に行くことは子ども達にとっても大きなイベントですよね。海外留学に行ってから子ども達の目つきが変わるという話もよく耳にしますし!
最初は、県も認めてくれなかったんです。だから最初は町が主催する企画として、20人程度の生徒を選抜して行ったのですが、今は修学旅行になり約25年続いています。
異なる文化の人との交流はいい刺激になりますよね。だからこそ外と関わる取り組みは続けて行きたいと思いますね。
逆に、日本以外の世界を知ると、子供たちの目が外に向いて矢祭町から出ていってしまうのではとも思います。郷土愛とか、人材の流出という観点からはどうお考えでしょうか。
引き止めておきたいから向いた目を戻そう、とは考えていないですね。
我々が子供たちのためにやっていることは、何かしらの形で返ってくるものなんですよね。
例えば成人式のスピーチで、将来は矢祭町の役場で働きたいと言っていた学生がいたのですが、今は矢祭町の役員として活躍しています。町が好きだ、戻ってきたいという子もたくさんいます。顔も思い浮かびますよ。
町長さん自身、子ども達の顔が思い浮かぶって素敵ですね!
ありがとうございます。確かに普通はないですよね!世のため人のためを思ってやらないと人も動かないし、そうして行動した結果だと思っています。
逆にそういうところは「教育移住」先としても魅力的に感じる人も多いのではないかと思います。
はい。そういう発信も常に心掛けています。
タブレットを活用した先進的な取り組み。
最初のテーマは身近で取り組みやすい「防災教育」
矢祭町立矢祭小学校と矢祭町立矢祭中学校
今回行う授業課題の「EdTechツールを用いたハザードマップ作成」は、ICTを用いて地元を知るということで、オーストラリア研修に次いでかなり先進的な取り組みだと考えています。
「タブレットを生かしてこんなことやっているよ」という発信をすることって、情報価値が高いですよね。タブレットがあっても使い方わからず、活用できていないところも実際にあります。
この発信から、矢祭町で子供を育てたい、と思ってもらえると教育行政に関してもいい影響があると思いますで、我々もしっかりご協力できたらなと考えております。
実際にタブレットを持っていてもどうすればいいかわからない方々はいらっしゃると感じています。
そこで我々の場合は身近に感じやすい「防災」というテーマで、新しい形の授業を行うことにしました。そういった身近に取り組みやすいテーマで始めてみることが、子ども達や先生にとっても良いと思っています。
今回のハザードマップ作成では、子供達に防災をもっと身近に感じてほしいです。特に福島県は防災が他よりも身近だと実感しています。東日本大震災もそうですし、私も着任1年目のとき台風19号による農地災害も経験しました。
この取り組みをきっかけに、それらを自分に置き換えて考えて欲しいと思っています。大きい災害があってからではなくて、前々の行動を取れるようにということですね。
防災を学んだきっかけで、地域に関しても子供たちが郷土愛を持ってもらえるようになったらなお嬉しいですね。
私たちも、現場の先生たちと一緒に時間をかけてやっていきたいなと思っています。矢祭町が教育の面でいかにすごいのか、町がどれほど魅力的かもしっかり発信できればと思います。
本日は貴重なお話を伺えてうれしく感じています。
有意義な時間をありがとうございました!
田中悠樹 (インタビュワー)
「STEAMライブラリー」システム構築事業者である株式会社 StudyValleyの代表取締役
2011年にゴールドマンサックス証券テクノロジー部に新卒入社。株式会社リクルートホールディングスでは海外のVCを担当。
2020年に株式会社StudyValleyを設立。オンライン学習サービス「アンカー」や業務・学習支援ソフト「TimeTact」の開発や運営を行う。創業1年目でSTEAMライブラリーのシステム構築事業を受託。