STEAMライブラリー

【前編】避難所のリアルや農業から「新しい人間力」を学ぶ。ハーバード大進学者も育てたノウハウを教材に~海城中学高等学校~

 
この記事は経済産業省運営「STEAMライブラリー – 未来の教室」のコンテンツ事業者様に、教材の詳しい内容や使い方のアドバイス、STEAM教育に対する想いなどを取材する連載企画です。
 
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避難所のリアルや農業から「新しい人間力」を学ぶ。ハーバード大進学者も育てたノウハウを教材に

海城中学高等学校(以下、海城)は2021年で創立130年を迎える、東京の私立中高一貫校です。

都内有数の進学校として東京大学を始め、有名大学へ多数の生徒を送り出す一方、過去には「東大留年率ワーストワン」という評価を受けた時期もありました。

しかし、熱意を持った先生たちの努力で「新しい学力」「新しい人間力」を育てる学校改革が行われ、受験一辺倒の教育から脱却。2020年にはハーバード大学進学者輩出へつながり、海城が実践する「探究学習」「PA(プロジェクトアドベンチャー)」「DE(ドラマエデュケーション)」などの教育手法にも注目が集まっています。

今回は、学校改革の立役者でもある中田先生、中村先生、関口先生にお話しを伺いました。

インタビューでは、海城の教育ノウハウがたくさん詰まったSTEAMライブラリーのコンテンツについてはもちろん、海城の教育現場のお話しも。反発があった中、先生たちがどのような熱意で行動し改革を成し遂げたか、生徒たちが探究学習を通じてどう成長していくのか、これからチャレンジしたいことなど、たっぷりとお話を聞かせていただきました。

 

プロフィール

 

中田大成 先生

国語科教諭/校長特別補佐/入試広報室長/ICT教育室長/2013~14年 文部科学省・国際バカロレア日本アドバイザリー委員会委員/
2003年から2008年まで校内の企画立案機関「将来構想検討委員会」の委員長として、第二期の学校改革を主導されました。

 
 

中村陽一 先生

国語科主任/体験学習推進委員会委員長/青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了/
演劇的手法を用いた教育プログラムの導入において中心的な役割を果たされ、演劇ワークショップのデザインを主に担当されています。

 
 

関口伸一 先生

理科教諭 / NHK高校講座生物基礎監修/
2009年から生物部の生徒と狭山丘陵で里山保全活動を行われています。生物部で生徒の研究の指導をなされる一方、KSプロジェクト「イマ・ゼミ!」では、様々な社会課題に向き合う取り組みもなされています。

 

STEAMライブラリのコンテンツ紹介

防災教育〜災害に対してどのように向き合うか〜

災害を正しく恐れ、主体的に防災に取り組み、災害の際に地域社会においてどのようにふるまうべきか、学べる教材です。

農業と生物多様性の保全を両立するには?

持続可能な農業や農業と生物多様性保全の両立について学び、正解のない課題について探究し、自分なりの答えを見つけ出すことを目的としています。WWFジャパン(世界自然保護基金)と共同で作られました。

災害現場のリアルな課題を目にして

田中
田中
今回、STEAMライブラリーのコンテンツを制作されようと思った、きっかけや背景を教えていただけますか?

中田先生
中田先生
今回の「未来の教室」プロジェクトの主導者である浅野大介さんのFacebookを通じて、災害現場のコミュニケーションの問題について考えさせられたことがきっかけです。 2019年の東関東台風の支援にあたられていた浅野さんは、被災現場で不安や疑心暗鬼などのストレス下で、住民と行政官、住民同士のコミュニケーションが円滑に進まず、充分あるはずの物資や人材が有効活用されていない、という現実に遭遇されました。 浅野さんは、人がいきなりこのような状況に陥ったとき、円滑なコミュニケーションを取ることは簡単なことではなく、教育の段階で対立を回避したり解決することを学ばせることが必要、だからそういう教材を誰か一緒に作りませんか、とご自身のFacebookに投稿されていて、それがずっと引っかかっていました。 そこに、STEAMライブラリーを作るという動きが出てきました。 海城のICTインフラ整備のスーパーバイザーのような方として、デジタルハリウッド大学の杉山学長(海城OB)と佐藤教授がいらっしゃいまして、佐藤教授が深く関わっておられる「未来の教室」プロジェクトの中でSTEAMライブラリーを作るという話があったときに、ぼくらなら作れるのではないか、と思ったんです。 また、コロナということもあってデジタル教材を使った学びにもチャレンジする価値があると。

 

関口先生が海城のKSプロジェクト(カリキュラムを超えた主体的な学びを経験する特別講座)で生徒と被災地ボランティア活動を行っていたことから、中田先生と関口先生が経済産業省へ提案兼相談に行きました。そこで関口先生と生物部が長年取り組んでいる「北野の谷戸の保全活動」にも話が及び、防災教育とともに「農業と生物多様性」の教材づくりにも取り組むことになったそうです。

「北野の谷戸の保全活動」は「となりのトトロ」のモデルの一つとされる狭山丘陵の里山の保全活動です。
 

海城中学高等学校、30年に及ぶ改革の軌跡

中田先生が「ぼくらなら作れるのではないか」と思われた背景には、海城が30年に亘り取り組んできた学校改革があります。そこで培った「新しい学力」、「新しい人間力」を育てる教育が、今回ライブラリーに提供されているSTEAM教材に活かされているのです。

しかし学校改革と一言でいっても、それを成し遂げるには一筋縄ではいかない苦労がありました。

「東大留年率ワーストワン」と言われて・・・

中田先生
中田先生
本校は30年ぐらい前から学校改革をしてきたんですね。90年代は東大でいえば30~40名ぐらいコンスタントに進学していたんですが、あるとき「留年率が最も高い高校」と指摘されたんですよ。 要は生徒の尻を叩いて東大に入れても、合格と同時に燃え尽きてしまう。それはちょっとまずいな、と当時の先生方がお感じになって。 それで創立100周年だったこともあり、原点に戻ろうと建学の精神を見直したんです。

「社会に役立つ人間」を育てなければならない

中田先生
中田先生
うちの学校の建学の精神は「国家・社会に有為な人材の育成」ですから、東大進学してもそこで終わっちゃうんじゃ駄目だ、ということで社会に出て活躍できる人材育成をしようということになりました。具体的には「新しい学力」、「新しい人間力」の育成です。

中学で大学レベルの論文を書き上げる!探究学習で「新しい学力」を

中田先生
中田先生
「新しい学力」とは具体的にいうと「課題設定・解決能力」です。 中1~中3の3年間に亘り社会科で週に2時間、探究学習をやって、中学3年生では全員が自分でテーマ設定して卒業論文を書きます。大学生顔負けの論文を最低原稿用紙30枚、多い子で60枚書きます。 生徒には外に取材に行かせて必ず生の情報に触れさせますし、文献の調べ方や、引用注の付け方なども含めた論文の書き方など、基礎的なリテラシーを全員が一律に身に付けます。これは文系だろうが理系だろうが使えますよね。この力があれば大学でも企業でもいろんなところで役立てることが出来ます。

田中
田中
実際の論文を拝見しましたが、これ本当にすごいですよね!

時代の変化を察知、体験学習に「新しい人間力」育成の活路を見出す

中田先生
中田先生
もうひとつ「新しい人間力」は、いわゆる「非認知能力」です。その能力育成も始めました。

 

非認知能力とは・・・意欲、協調性、粘り強さ、計画性、自制心、創造性、コミュニケーション能力といった、測定できない能力。学力(認知能力)と対照して用いられる。集団での行動の中での困難や失敗、挫折などの経験を通して養われるものが多い。

 
中田先生
中田先生
そういうものは体育祭、文化祭、クラブ活動を通して育成していくものだと思って、第一期の90年代はそれらの活動を整備しました。 しかし、2000年代に入ってくるとそうした教科外活動が上手く機能しなくなってきました。例えば体育祭の練習で、いままでは何も言わなくても、おのずと上級生が下級生を巻き込んでやっていたのが、いつまでたってもバラバラなんですよ。

田中
田中
なるほど。どういった背景があって機能しなくなってしまったのでしょうか?

中田先生
中田先生
一つには社会の変化に伴う子供たちのコミュニケーション能力の低下があります。また、もう一方にはネットの普及があると思います。学校のリアルな世界とネット内のバーチャルな世界があって、学校でやっていることをバーチャルの世界でからかわれたり、悪く言われたりする、そしてそれによって萎縮したり、気構えてしまう。 また、ネット内で笑い者にされる前にリアルな世界であらかじめ自虐的に笑いをとったりと痛々しいような振る舞いが増えてきて、学校が疑心暗鬼の空間に堕していった。そこで、これはどうにかしなきゃいけないってことで「体験学習」に活路を求めたんです。

田中
田中
具体的には、どういったものでしょうか?

「PA」と「DE」でコミュニケーションとコラボレーションのイロハを学ぶ

中田先生
中田先生
一つはアメリカ発祥のプロジェクトアドベンチャー(PA)というもので、グループで課題を解決していくというものです。

 
PA研修の様子

プロジェクトアドベンチャー(PA)とは・・・未知の世界に挑戦する「アドベンチャー(冒険)」を核とした体験学習プログラム。チームで課題に挑み、人間として成長するための「気づき」を得ながら、仲間と信頼関係を築き、コミュニケーション能力やコラボレーション能力、想像力を高める。

 
中田先生
中田先生
もう一つは演劇的な手法を用いながら、人間関係力や共感能力・創造性を養うものです(ドラマエデュケーション)。

DE研修の様子
 

ドラマエデュケーション(DE)とは・・・「ドラマ(演劇)」の手法を用いて体験的に行われる教育プログラム。グループで演劇を創作、発表する過程で、他者を見出し、自己の身体やこころを感じながら、価値観の違いを尊重する対話的コミュニケーションの方法や効果的なプレゼンテーションを学ぶ。

中田先生
中田先生
15年以上前から、平田オリザさんが主宰する劇団「青年団」に所属している演出家の方々や、ワープショップ・ファシリテーターのすずきこーたさんなどと協働しながら、演劇的手法を利用した本校独自のプログラム、演劇ワークショップを実施してきました。ワークショップを通じて、子どもたちのコミュニケーション能力や表現力は向上しているように思います。 教員でも家族でもない第三者であるプロの演劇人から、表現について指摘されると、けっこう子どもたちに刺さるんですよ。 例えば発表会に向けてグループで演劇作品を作る際に、内輪受けを狙って自分たちだけで笑って、それで良しとしてしまうグループがあったりします。そういうことがあると、演劇人はプロの表現者として的確にダメ出しをします。「それでは、自分たちと違う価値観をもっている観客に伝わらない。相手に伝わらない表現、届けようとしない表現は発表の場にはふさわしくない」と。 そうすると彼らも理性があるから作り直す。で、実際に親御さんや同級生の前で演じて、笑いが取れたり拍手をもらう体験をすると、感動して、そういう機会があったら同じ体験をしたい、というモチベーションを持つんです。 結果、いろんな教科でプレゼンやったりするときも創意工夫をして、それは本当に上手にやるんです。中でも一番印象的なのが文化祭です。

「喜んでもらって初めて価値がある」30年かけて育んだ海城生のホスピタリティ

都内でも有数の規模を誇る、海城中学高等学校の文化祭は2日間で2万人以上が訪れる
中田先生
中田先生
来られた方が口を揃えて「なんで中学生高校生なのに、こんなにホスピタリティが高いんだ」と言ってくださるんですよ。 それは自分たちだけ楽しめばそれでいいんじゃなくて、人にも楽しんでもらえて初めて価値があることを知っているからなんです。 新しい学力育成は既に30年、新しい人間力プログラムも20年近く取り組んで来ました。さすがにそれだけ長くやってると、その成果はこうして目に見える形で現れてくるんです。 だから、先ほどの浅野さんが言っていた避難所などでお互い不愉快にならず生活するなど、そういうことについて学ばせるノウハウがぼくたちにはあるという想いがありました。

海城の生徒は模擬国連の世界大会にも出場している。日本の男子生徒では初の事務総長賞を受賞した山田健人さん(写真2枚目)は2020年にハーバード大学へ進学を果たした。

中田先生は「海城で培われた人をまとめる人間力・交渉力が世界の舞台で評価された。その能力は世界でも十分戦えるレベルにある」と自信を見せる。

田中
田中
ありがとうございます。受験一辺倒だった教育の問題が出てくる中で、それに対し探究学習や体験学習を中学生からやっていき、粘り強く続けていまの成果につながったという、その過程がよくわかりました。

「進学実績が減ったらどうする」改革の副作用をどう乗りこえたのか

田中
田中
逆に、新しいことに取り組む中で、副作用のようなものはありましたか?東大受験から探究へ、というと反対意見もありそうですが。

教師の実存を問う「どうしてもこれをやりたい」

中田先生
中田先生
「もう東大に30~40人入っているのに、そんなことに時間を使って進学実績が落ちたらどうするんだ」という保守派と、「どうしてもこれをやりたい」っていう新しいことをやろうとする人たちのパワーゲームはありました。 そして多分、いまどの学校もそういう状況だと思うんです。

田中
田中
そこをどうやって乗り越えられたのでしょうか?

 
後編に続く・・・

後編では、先生たちがどのような熱意で行動し、学校改革の副作用を乗り越えたか、コンテンツ利用のポイントと注意点、そして海城がこれからどういうことにチャレンジしていくのかを伺います。

 
 

田中悠樹 (インタビュワー)

「STEAMライブラリー」システム構築事業者である株式会社 StudyValleyの代表取締役

2011年にゴールドマンサックス証券テクノロジー部に新卒入社。株式会社リクルートホールディングスでは海外のVCを担当。
2020年に株式会社StudyValleyを設立。オンライン学習サービス「アンカー」や業務・学習支援ソフト「TimeTact」の開発や運営を行う。創業1年目でSTEAMライブラリーのシステム構築事業を受託。

 
 
 
 

STEAMライブラリーとは

経済産業省「未来の教室」が運営する、STEAM教育を通じてSDGsに掲げられる社会課題の解決手法を学べるオンライン図書館

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【この記事の監修者】

田中 悠樹|株式会社Study Valley代表

田中 悠樹|株式会社Study Valley代表

東京大学大学院卒業後、ゴールドマンサックス証券→リクルートホールディングスに入社。同社にて様々な企業への投資を経験する中で、日本の未来を変えるためには子どもたちへの教育の拡充が重要であると考え、2020年に株式会社Study Valleyを創業。
2020年、経済産業省主催の教育プラットフォームSTEAM ライブラリーの技術開発を担当。
2024年、経済産業省が主催する「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」に委員として参加している。