インタビュイー
小泉 周(こいずみ あまね) 様
一般社団法人知識流動システム研究所 理事
自然科学研究機構 研究力強化推進本部 特任教授
1997年慶応義塾大学医学部卒業、医師、医学博士。同大生理学教室(金子章道・教授=当時)で、電気生理学と網膜視覚生理学の基礎を学ぶ。2002年米ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院・ハワード・ヒューズ医学研究所のリチャード・マスランド教授に師事。2007年10月、自然科学研究機構生理学研究所の広報展開推進室准教授に。同研究所・機能協関部門准教授併任、総合研究大学院大学・生理学専攻准教授も兼任。2009年8月から文部科学省研究振興局学術調査官(非常勤)。2012年5月から2014年3月までJST科学コミュニケーションフェロー。2013年10月より現職。
大﨑 章弘(おおさき あきひろ) 様
一般社団法人知識流動システム研究所 理事
お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター 特任講師
1976年高知県出身。2005年早稲田大学大学院理工学研究科 博士後期課程満期退学後、同大学助手として研究・教育活動に従事。複合現実感技術による空中描画システムを開発し、共創的コミュニケーション支援に関する研究を行う。2009年から2014年任期満了まで日本科学未来館の科学コミュニケーターとして解説、実演、実験教室、展示・イベント開発、科学館連携、科学コミュニケーション研修などを担当。2015年4月にフリーランスの科学コミュニケーターとして開業。2015年5月から国立情報学研究所特任研究員(非常勤)を経て2016年4月より現職。その他、日本工業大学、高知工科大学、東洋英和女学院大学大学院の非常勤講師、芝浦工業大学「科学コミュニケーション学」特別講師を兼任。
一般社団法人知識流動システム研究所の理事であり、今回STEAMライブラリーに掲載されている教材「新型コロナde問いマンダラ」を作成した小泉周氏、大崎章弘氏にStudy Valley代表取締役社長、田中悠樹がインタビューをさせて頂きました。
前編では、今回STEAMライブラリーに教材を提供したきっかけ、教材タイトルのネーミングの由来、新型コロナを授業の題材として扱う時の注意点を伺いました。
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新型コロナの情報に日本社会全体が右往左往していた去年の3月。子供たちにこれだけは知っておきたいという知識を伝えたかった
田中
本日はどうぞよろしくお願いいたします。 まず今回、KMS(一般社団法人知識流動システム研究所の略称。以下KMS)と岡山大学が協力してSTEAMライブラリーに教材を提供してくださった経緯をお聞かせください。
小泉氏
去年の2月頃、新型コロナが話題になってきて色々な情報が錯綜していましたよね。専門家の人たちも様々な人が出てきて、それぞれが色々な発言をしている状態でした。人々の不安やデマ、間違った情報など色々なことが起こっていた。そんなときに狩野さん(岡山大学 SDGs担当副理事・教授の狩野光伸氏 )とベネッセの小村さん(岡山大学学長特別補佐 、ベネッセ教育総合研究所主席研究員の小村俊平氏)と3人でこれはまずい状況だよねという話になったんです。 いよいよ3月に入って、休校が始まり、子供たちが学校でも家庭でも不安を感じる中、これだけは知っておいてほしいという情報をちゃんと伝えなければと考えました。そこでまず我々で新型コロナについてみんなで一緒に考えようというテーマで小冊子を作成しました。このアイデアに賛同してくれた大崎さんやKMSのメンバーなど色々な方が完全なボランティアで参加してくださり、一緒に文章を考えたり、絵を描いたり、デザインをしてくれました。 その小冊子を3月末にPDFでKMSのホームページで公開したんですが、すごい反響があり、色々な新聞や学校の保健関連の雑誌で紹介されたり、全国から使っていいかという問い合わせがありました。また、この小冊子は、我々「どんどん好きに改編していいですよ」としたこともあって、学校の先生方もこれは使えますねと言ってくださり、小冊子を元に紙芝居にしたり、動画にしたり工夫して学校などで子供たちに分かりやすく伝えてくれたんですね。それを見て、動画を使うのも有りなんだなと気づかされたタイミングでSTEAMライブラリーの募集があるとお聞きして、今までやってきたことを中心としながら、コロナ対策を題材に動画を作ったらいいかもしれないと思ったのが起点でした。
小泉氏
そうです。いま子供たちのためにも、これを作らなきゃ駄目だよね、という完全なるパッションから始まりました。
大﨑氏
KMSについて知っている人はあまりいないと思うんですが、科学と社会の関係を繋ぐ、科学コミュニケーションというものをやっています。私は日本科学未来館にいましたし、小泉さんも研究者でありながら科学の広報のような活動をしていらっしゃいます。そういう普段から科学や研究についてどうやって情報を伝えるのかということに取り組んでいる人間にとって、この新型コロナの問題は凄く大きな問題だったんですね。 そんなときに小泉さんがすごい熱量で小冊子作りに取り組み始め、ものすごい勢いでKMS内にボランティアの冊子チームが編成されていきました。(笑)我々科学コミュニケーション業界の人間にも、コロナについての正しい情報がなかなか伝わらないというもどかしさがある時に小泉さんが率先してプロジェクトを進めてくれたんです。一体何が小泉さんに火を付けたのか、僕ももっと聞きたいと思ってました。(笑)医者だからですか?
小泉氏
なんでしょう?そうですね、一つ言えるのは、今回の新型コロナは一部の大人たちだけの問題ではなく、休校などの形で子供たちに大きな影響を与えているということでしょうか。親世代としても放っておけなかった。また、これは「長期にわたって続く、社会問題になる」という直感もありました。一人一人が、自分で考えてより適切に対応できるような、そんな力を身に付ける必要がある、と思ったわけです。
「新型コロナde問いマンダラ」不思議なネーミングの由来は?
田中
実は、僕は御社のコンテンツを見るまで、マンダラという言葉を知りませんでした。特にマンダラとカタカナで書かれていると、「何だろう?」と思う人も多いと思うのですが、なぜ「問いマンダラ」という名前にしたんですか?「問いクラウド」や「問いの爆発」(笑)ではなく、なぜ「問いマンダラ」だったんでしょう?
大﨑氏
マンダラって、世界の有り様を分類して作っている、それ自体が世界の全体を表しているものになっているんです。クラウドはふわふわした状態のものだとしたら、マンダラはあるテーマを統べる世界の全体を表すという意味でマンダラにしました。最初、小泉さんは漢字の曼荼羅を推していたと思うんですが、漢字にしてしまうと仏教関係の方に怒られてしまうんじゃないかと思ってカタカナになりました。そこにアルファベットのdeを足して、「新型コロナde問いマンダラ」と語呂を良くしました。
大﨑氏
ある問題に対する全体を表した集合世界というイメージですね。
小泉氏
宗教色は全く無いんですが、僕は禅問答のようなイメージを持っています。禅を説くというか、お坊さんが問いと答えをやりとりしながら、問いを積み重ねていくことで一つの世界観を作るというイメージ。問いの積み重ねが1つのマンダラを作るという感じでしょうか。クラウドだと問いがただ集まっているだけになってしまいますよね。一方でマンダラは、ある問いがさらに次の問いを呼んで、問いが連鎖していって一つの世界観を作るというイメージですね。
田中
この質問をして良かったです。「マンダラって何?」という質問をよく受けるので。(笑)
小泉氏
言葉のイメージですね。我々、基本的に印象派なので。(笑)
大﨑氏
皆さん、問いが深まるということは、ただ単に問いが連鎖しているだけと思われがちなんですよね。でもそれだけじゃないだろうと思います。問いが続くことで、その問い同士の関係性や、問いの重複、出てきた問いの総体自体が、答えは無くとも世界を表しているわけです。 コンテンツ作成の終盤では、マンダラのデザインにもこだわりました。いずれは、巨大マンダラを使ったゲーム感覚の教材になっても面白いよね、なんて話になりました。(笑)
田中
マンダラという言葉からだけで、そんなに広がっていってたんですね。
現在進行形のホットトピックである新型コロナ。学校の授業でどう取り上げていけばいいのか?
田中
新型コロナはまさに今、現在進行形で動いている話ですよね。新型コロナ関連の事象全般に関して社会で賛否両論に分かれて議論されています。そのような、ある種、ほとぼりの冷めていないホットトピックを教材として扱うことに心理的障壁を感じる先生方も多いかと思うのですが、あえて今これをやるべきと言える理由はありますか?
小泉氏
そこはまさにおっしゃる通りでなかなか難しいところなんですよね。現在進行形の課題なので、授業の中で正解を示すのは難しいと思っています。コロナに関しては、まさしく正解が無いんですよね。正解が無い中でそれでも伝えていかないといけない状況は、まさにリスクなわけです。今日言ったことが明日には違うと言われてしまう、今日正しいとされたことが、明日には間違っているとなるかもしれないリスクを抱えながら、大事なことなので伝えていかなければならない。当然ながら断定的なことは言えないわけです。なので私たちがコンテンツを作ったときも、その点にすごく気を付けていて、正解はこれですよという言い方は言わないようにしました。あくまで大切なことは「問い」なんだと。色々な疑問質問に対して、どう考えればいいのかという「考え方」を示すことに注力しました。答えは分からないんだけど、どういうエビデンスを持ってくれば良いのか、などの「問い」に対する「考え方」は示せる。「考え方」を身に着けるというのが、問いマンダラの重要なポイントだと考えています。 問いマンダラを作成してから既に半年くらい経っていて、情報もアップデートされてるし、ワクチンもどんどん開発されているし、6か月前とは全く違う様相の知識もたくさんあります。それでも我々の作ったコンテンツは有効だと思います。どんな最先端の知識が新たに出てきたとしても、考え方さえ身に着けていれば大丈夫だということ、考え方は武器になります。それが今回のSTEAMライブラリーに掲載している「新型コロナde問いマンダラ」で学んでほしいことです。考え方を教えるって難しいことですが、そこが一番のポイントなんですよね。
田中
そうなんですよね。そこを教えられるのなら、小中高生だけでなく大人の生産性も爆発的に変わると思いますね。
大﨑氏
火事が発生したら火を消すというのが正しい対処法だとはっきり分かっているので混乱は起きませんよね。ですが、今回の新型コロナの一連の問題には、これが正しい、と間違いなく言える対処法はありません。そこに色々な人たちが集まって、それぞれ主張をしてきて、何が正しいか分からない中で人々が混乱している。そのような状況の中で、学校の先生が新型コロナを授業の題材にするのは勇気の要ることかもしれません。でもそこで必要な勇気は答えを教える勇気ではなく、生徒と一緒にこの難しい問題に向き合い、一緒に考えていこうという勇気です。生徒から問いを引き出し、連続して発生していく問いに対して、ともに根気強く向き合っていく、このような姿勢が求められていると思います。 戦後日本の学校教育は、知識基盤社会を作るために、ひたすら知識を教える教育が重視されているように思います。しかし、これからは物事を科学的、かつ多角的に見る視点や問いの設定の仕方など、学習者が主体的に学ぶために必要なスキル自体をいかに身に着けてもらうかが重要になってくると考えています。答えを教えるのではなく問いをいかに引き出すのかがポイントです。正直、答えなんて簡単に出ないんですよ。日本中のトップの研究者がみんな答えを求めて真剣に研究してもすぐには出ないんですから。答えを教える教育には限界があると思います。
田中悠樹 (インタビュワー)
「STEAMライブラリー」システム構築事業者である株式会社 StudyValleyの代表取締役
2011年にゴールドマンサックス証券テクノロジー部に新卒入社。株式会社リクルートホールディングスでは海外のVCを担当。
2020年に株式会社StudyValleyを設立。オンライン学習サービス「アンカー」や業務・学習支援ソフト「TimeTact」の開発や運営を行う。創業1年目でSTEAMライブラリーのシステム構築事業を受託。
STEAMライブラリーとは
経済産業省「未来の教室」が運営する、STEAM教育を通じてSDGsに掲げられる社会課題の解決手法を学べるオンライン図書館
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【この記事の監修者】
田中 悠樹|株式会社Study Valley代表
東京大学大学院卒業後、ゴールドマンサックス証券→リクルートホールディングスに入社。同社にて様々な企業への投資を経験する中で、日本の未来を変えるためには子どもたちへの教育の拡充が重要であると考え、2020年に株式会社Study Valleyを創業。
2020年、経済産業省主催の教育プラットフォームSTEAM ライブラリーの技術開発を担当。
2024年、経済産業省が主催する「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」に委員として参加している。