STEAMライブラリー

【インタビュー】早稲田大学の経済学博士が教える、投資教育で子どものうちからリスク・マネジメントを知る教材

インタビュイー

 

藁谷 友紀 (わらがい ともき)

福島県いわき市出身。早稲田大学 教育・総合科学学術院教授。専門は経済学・経営学。経済学博士。前早稲田実業学校校長。
2015年からはみずほ証券と共に金融教育、投資教育の研究を行い、2020年からはSTEAMライブラリーのコンテンツ制作にも携わっている。

 
 
 
 
みずほ証券と共にSTEAMライブラリーのコンテンツ制作に携わる早稲田大学の経済学博士 藁谷 友紀氏にSTEAM教育についてインタビューしました。
 
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金融教育は学校現場ではタブー視されてきた?

田中
田中
まず御社のSTEAMライブラリーのコンテンツ(教材)について教えてください。

藁谷氏
藁谷氏
教材のサブテーマは以下の3点からなります。 1. お金とは何か、投資とは何かについて、子ども達に馴染んでもらう。 2. 投資の社会的な役割は何なのか。 3. リスクに向かい合うとはどういうことか。リスク・マネジメントについて。 これまで金融教育、投資教育は重要だと言われながら、欧米の教育現場と比較すると、満足する形で教えられることはなかなかありませんでしたので、このテーマに取り組みました。STEAMライブラリーの教材コンテンツは、学校の授業で用いることを前提として作られていますが、私たちは、先生が授業で用いるとしても、生徒が教室にいるケースもあれば、家にいるケースもあるし、場合によっては、生徒が一人で学んだりするかもしれないので、できるだけ状況に合わせて使えるように丁寧に作ったつもりです。

田中
田中
お金の話は教室の中で、ある意味タブー視されてきたようにも思えますが。

藁谷氏
藁谷氏
日本では、お金に関係する教育内容が教育現場では避けられてきた、欧米と比較するとそう見えるかもしれません。他方では現在、その必要性が、教育の現場はもちろん、経済分野にとどまらず社会の多方面から強く唱えられています。子供たちの将来が、貨幣経済との強い関わりにあることを考えると当然かもしれません。 ただ、金融教育をどの教科に組み入れるか、あるいはどの教科と結びつけるかについて、体系的に定まっているわけではありません。「社会科や公民でやりましょう」「技術教育の中でやりましょう」という教科の問題に加えて、総合的学習やキャリア教育として位置付けている学校もあります。家計簿の付け方や金融詐欺に遭わない教育に至るまで、内容も多岐に渡ります。金融教育の核の部分は何かについて考えました。 教育の現状と強い社会的要請の中で、みずほ証券さんとともに、私たち早稲田大学のシステム競争力研究所が金融・投資教育を開始して6, 7年になります。単なるお金儲けのためでなく、生徒たちが、人生の目標や夢の実現のためのお金の大切さを学ぶ、お金の社会的役割について学ぶ、その観点から「教育の現場で金融・投資について教えることができる人材の養成」が当初からのテーマでした。最初に手掛けたのは、「金融教育、投資教育として何を教えるべきか」でした。日本の経済・社会状況を考慮した教えるべき内容が決まっていなかったのです。上に挙げた教材構成である3つのサブテーマは、これまでの教育内容の検討結果から得られたものです。

投資教育とリスク・マネジメント

投資教育について語る藁谷氏
藁谷氏
藁谷氏
教材構成の中のリスクマネジメントは、通常、金融教育では正面からとりあげられないのですが、投資教育の視点からは重要なポイントです。リスクというテーマは、日本の教育の現場ではこれもあまり扱われてこなかった、せいぜい「確率」の問題として扱われるにとどまってきました。しかし、先ほど言及した目標や夢の実現を考えたとき、リスクや不確実性のもとでの意思決定の話は重要です。

田中
田中
なるほど。リスクは重要ですね。

藁谷氏
藁谷氏
今回のSTEAMライブラリーにおける教材作成は、みずほ証券さんが社会貢献という立場から、大いに人的な支援をくださいました。教材作成にあたっては、金融・投資教育に関わる日本的事情について、考慮を重ねました。例えば、一般に使われる貯蓄・貯金という言葉や、投資という言葉もそれにあたります。投資について言えば、一般で用いられるときに、実物投資と金融投資の概念が必ずしも明確に区別されていません。大学では、用いる概念規定の問題として簡単に扱うのですが、生徒たちにとっては日常生活で用いる言葉であり、曖昧な使い方をそのままにして議論を続けるわけにはいかず、その整理に随分と労力を割きました。少し以前によく使った「貯蓄から投資へ」という言葉も子供たちにとってはなかなか分かりにくい言葉でした。 それから、日本では間接資本市場、つまり銀行の役割が大きいという特徴にも配慮しました。いわゆる直間比率に見る特徴ですね。また、歴史的に見て資本蓄積が進んだヨーロッパと「新世界」アメリカの違いが、現在の金融システムの違いにいかにつながっているかについても念頭に置きました。それぞれのメリットやデメリットについて、グローバル化する経済を念頭に置きながら一定の説明を与えました。また、それと関係する技術革新モデルに見る欧米モデルの相違についても、学説史的議論を考慮しながら内容作成にあたりました。 金融資産形成にあたっての銀行預金の圧倒的優位性という日本の特徴については、リスクの観点と歴史的観点からの説明を与えました。リスクについて取り上げる際には「子供たちをリスクから守る」という日本における学校の位置付け、教育環境についての日本の考え方を強く感じました。リスクと向かい合ってリスクをマネジメントするとか、リスクをミニマイズするということを、欧米と比較してほとんど教えられていないように思います。リスクはミニマイズすることはできますが、ゼロにすることはできません。 リスクをネガティブなものとして押しやるのではなく、「リスクと向かい合ったその先に夢の実現がある」ことを子ども達に伝えたいと思っています。統計や確率の勉強を超えてリスクと向かい合うことの大切さに何とかして触れたいと思いました。

歴史的視点から見た日本の特徴とは?

藁谷氏
藁谷氏
歴史的観点から見たときの間接資本市場の日本的特徴についても説明を与えました。 我々が小学校の時は「子ども銀行」というものがありました。月に1回、銀行でしたかあるいは郵便局の方が学校にやってきて、子供ながら500円や1000円を貯金したものです。「お金について考える機会」と言うより、戦後の貯蓄増強運動の子供版、その一環であったように思います。また、普通銀行と違う役割を持った「長期信用銀行」が中長期の資金を集め、それを産業資本として経済の復興・発展に用いたという、歴史的事情に由来する特徴についても言及しました。もっとも、ワリコーやワリチョー、ワリシンなどと言った中長期の金融債は姿を消してしまいましたが。法律を含めて姿を消したものが今なお、現在の日本的特徴に影響を残していることの現れです。

貯蓄の社会的意味について ー 逆に貯蓄がダメという時代もあった

藁谷氏
藁谷氏
戦後の貯蓄増強運動の話をしましたが、貯蓄が「目の敵」にされた時代もありました。1960年代以降の、日本の対外貿易の黒字の巨額化に対して外国から反発があった時代です。対外不均衡の解決策として繊維産業の問題や、関税障壁の問題が取り上げられました。その後、非関税障壁の問題が取り上げられ、問屋制度であるとか、日本語が槍玉にあげられた時もありました。問屋制度が日本の商習慣に馴染まない外国人にとっては障壁であるという考え方、あるいは日本語が日本語を理解できない外国人にとって「公平な取引」を妨げているといった指摘でした。場合によっては感情的な議論が展開された時もありました。 その後に取り上げられたのが貯蓄の問題です。日本は生産量を増やす一方、それを国内では需要せず、外国に輸出することで国内的不均衡の帳尻を合わせているという批判でした。国内需要が十分でないということは、貯蓄が国民所得から消費を差し引いたものなので、貯蓄過大という批判になるわけです。欧米から、国内需要を増やすように、貯蓄を減らすように圧力がかかりました。教材では、貯蓄増強論、貯蓄槍玉論に左右されず、経済的役割について、特に経済の規模にとどまらず経済・社会の質に関わるその役割についてとりあげました。

インベスメント・バンキングの機能と金融システム、そしてリスクコントロール

藁谷氏
藁谷氏
教材作成にあたり、欧米との金融システムの比較は大切な論点ですがこれについては、ほとんど扱えませんでした。ヨーロッパとの比較で言うと、インベストメント・バンキングの機能、すなわち投資銀行としての銀行の役割についてです。ヨーロッパにおけるユニバーサルバンキングシステム、同一金融機関が間接・直接資本市場にまたがるその役割についてです。ヨーロッパと米国の金融システムには大きく異なるところがあり、日本との比較も興味ある点です。特に、インベストメントバンキングの機能は、金融機関のリスクマネジメントと大いに関わる問題です。簡単に言えば、「私はこんな発明をしました。出資してください」という案件と金融機関がどう向かい合うかについての問題です。ヨーロッパでは主として「ユニバーサル」な銀行がこうしたリスクと向かい合ってきた。他方米国ではベンチャーキャピタル市場が向かい合う仕組みです。それでは日本では?改めて日本の金融システムについて考えることは興味ある、興味が尽きないテーマです。経済のダイナミックな姿と直接結びつくこれらのテーマの詳細は、次回以降の課題です。

お金の話と文学・宗教

藁谷氏
藁谷氏
お金の捉え方は時代によって変わってきており、今、お金をどう考えるかという問題と大きく関わっています。教材では、お金と金融の仕組みについて考える材料として、まず、シェイクスピアの「ヴェニスの商人」のシャイロックをとりあげました。あの、「お前の肉1ポンド」と叫んだ高利貸しです。当時の利息についての考え方や、それに関わるキリスト教の旧教・新教の教えに触れてみました。それが、マックス・ウエバーの著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』になると、宗教が産業資本の蓄積や産業革命に決定的役割を果たすものとして説明されることになるわけです。経済の営みや宗教が社会のダイナミックな姿と関係づけられる、その面白さを感じてもらえたらと思いました。面白さが生徒たちのこれからの学びに向けての刺激に、少しでもなって欲しいという思いです。

田中
田中
弊社は今、勉強すればお金がもらえるというシステムをブロックチェーン上でやっていまして、スポーツジムなどの様々な企業と連携しています。お金を貯蓄するも良し、例えばスポーツ観戦や、スポーツのレッスンを受けるために使っても良しという、体験型のプラットフォームです。今日の話で参考にさせていただけるところが沢山ありました!

藁谷氏
藁谷氏
いいですね、それ。勉強してお金がもらえる、ですか。生活の豊かさにつながるといいですね。 最後になりましたが、「自分の夢を実現するとはどういうことか」「人間に優しい社会を作るという時に、自分たちのお金がどうつながるのか」について、子ども達がSTEAM教育のテーマの一つである横断的に、自由に考えることが出来るようになればと思っています。

田中
田中
素晴らしいですね!貴重なご意見を聞かせていただき、大変勉強になりました。今日は本当にありがとうございました。

 
 

田中悠樹 (インタビュワー)

STEAMライブラリーのシステム構築事業者である株式会社 StudyValley代表取締役
2011年にゴールドマンサックス証券テクノロジー部に新卒入社。株式会社リクルートホールディングスでは海外のVCを担当。2020年に株式会社StudyValleyを設立。オンライン学習サービス「アンカー」や業務・学習支援ソフト「TimeTact」の開発や運営を行う。創業1年目でSTEAMライブラリーのシステム構築事業を受託。

 
 
 
 
インタビューは早稲田大学で行われました。(左から藁谷博士、田中氏)

STEAMライブラリーとは

経済産業省「未来の教室」が運営する、STEAM教育を通じてSDGsに掲げられる社会課題の解決手法を学べるオンライン図書館

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【この記事の監修者】

田中 悠樹|株式会社Study Valley代表

田中 悠樹|株式会社Study Valley代表

東京大学大学院卒業後、ゴールドマンサックス証券→リクルートホールディングスに入社。同社にて様々な企業への投資を経験する中で、日本の未来を変えるためには子どもたちへの教育の拡充が重要であると考え、2020年に株式会社Study Valleyを創業。
2020年、経済産業省主催の教育プラットフォームSTEAM ライブラリーの技術開発を担当。
2024年、経済産業省が主催する「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」に委員として参加している。